2008年04月01日
イングランドの宗教改革
どうしてこうなるかな…
さてこの問題解決方法はどこにあったのでしょうか。
カルヴァンの宗教改革
カルヴァンはすでにファレルによって宗教改革が始まっていたジュネーヴに立ち寄った際に、乞われて留まりそこで活動するようになった。ルターの宗教改革が信仰の改革に徹していたのに対し、カルヴァンは礼拝様式と教会制度の改革に着手した。礼拝式文を整え、詩篇歌を採用し、信仰告白・カテキズム・教会規則を整備し、教師職の他に(彼らの理解によれば)初代教会以来の信徒の職務である長老職と執事職を回復し、長老制の基礎を作った。またカルヴァンは聖餐を重んじ、毎回の礼拝でこれを執り行おうとしたが、それは市当局の反対により実現しなかった。
イングランドでは、ヘンリー8世の離婚問題が改革の直接原因で、政治的・経済的な動機も強い。ヘンリー8世は、教皇権と分離したイギリス国教会(アングロ・カトリック)を設立し、新たに教会組織を作ろうと図った。これに反対した大法官トマス・モアは処刑された。のちヘンリー8世はローマ・カトリックの修道院を多数廃止し、その財産を没収して、国庫へと入れた。
ヘンリー8世ののちメアリー1世はカトリック教会を復活させるが、これは、国教会信徒への弾圧を伴ったため強い反発を招いた。メアリー1世の後を継いだエリザベス1世は対スペイン政策などから再びイングランド国教会を国教とし、イングランドにおける国教会の優位が確立した。しかし、政治的・経済的な動機が強かったイングランドの改革を不十分とみなし、更に改革を推し進めたのが清教徒たちであった。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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